[報告要旨]

憲法上の権利の言説分析
Bowers v. Hardwickを素材として―

佐 藤 憲 一
(京都大学)

近代的な法理解を規定してきたリベラル・リーガリズムは今日大きく揺らいできている。リベラル・リーガリズムは、前近代的な迷信から解放され自己の支配欲求をもはや非合理的に抑制することのない人々の間に社会秩序はいかにして成立しうるかという問い――近代的秩序問題――に対して与えられた一つの解答である。リベラル・リーガリズムは近代的な社会秩序を、人々が合理的な法に服従することによって可能になる社会秩序として記述する。他者の意志への服従は支配欲求の非合理的抑制であるとみなされるが故に、人々が服従するのは非人格的な法でなければならず、また法への服従が支配欲求の非合理的抑制から区別されるために、法は合理的でなければならないのである。

かくして、非人格性の要求と合理性の要求の両方が同時に満たされることが必要なのであるが、様々な具体的事項について定める現実の法は必ずしも合理的ではなく、法を無視して誰かが行う合理性についての判断は非人格的ではない。このディレンマは法のあらゆるレヴェルにおいて生じうるが、上位法の存在しない憲法のレヴェルにおいて最も先鋭化する。そして同時に、このディレンマを生み出すリベラル・リーガリズムの、そしてそれが答えようとした近代的秩序問題それ自体に対する疑問もまた憲法のレヴェルで最もラディカルな形で現れるのである。

本報告では、Lochner時代から今日に至るアメリカ合衆国の憲法的ディスコースにおいて、とりわけ、合衆国憲法修正14条の実体的デュープロセス条項をめぐる諸言説において、このディレンマを意識しつつ裁判官や法学者たちが何をどのように語ってきたかを読み解く試みの一環として、Bowers v. Hardwick, 478 U.S. 186 (1986) を取りあげる。Bowers判決において、アメリカ合衆国連邦最高裁判所は、自宅の寝室で行われた男性同性愛者間の合意によるソドミー行為を処罰するジョージア州法は合憲であると判示した。Hardwickは当該ジョージア州法が合衆国憲法修正14条のデュープロセス条項によって保護されるプライヴァシーの権利を侵害するが故に違憲であると主張したが、連邦最高裁は、憲法は同性愛者にソドミー行為を行う基本的権利を与えておらず、Griswold v. Connecticut, 381 U.S. 479 (1965) や Roe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973) といった過去のプライヴァシーケースにおいて認められた家族や婚姻や生殖に関わる基本的権利と、本件で主張される権利とは類似していないと主張したのである。

報告では、ホワイト裁判官執筆の法廷意見とブラックマン裁判官執筆の反対意見を中心に、Bowers判決およびそれに言及する諸論稿において、合憲論者と違憲論者がHardwickの行為、プライヴァシーの権利、ホモセクシュアリティ、アイデンティティ、歴史、道徳、等々についてどのように語り、自らの見解を正当化するためにいかなるレトリックを動員してきたかを考察する。また合憲論あるいは違憲論の一方の立場から行われる研究においては見落とされてしまう部分に光をあて、党派的かつ機会主義的な語り手の意図を越えた諸言説の作用と相互関係を分析する。




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